ダムダム日記

ぼっちの孤軍奮闘ブログ

留年するかも

憂鬱で仕方ない。

なぜならレポートがかけないから。

大学に金をかけて行ってもツイッターを眺めたりしちゃう。

もう病気だと思う。

もう嫌だ。

大学生活はレポートから逃げることとイコールで繋がる。

レポートが出されたら講義に出ることをやめた。

そんなことを何回も繰り返した。

もう頭がオカシイんだと思う。

テストなら、期日が来ればとりあえず受ければいい。

しかしレポートと成ると、どうしていいかわからない。完成させることができない。

論文の書き方なんて本も買ってみた。それでもわからないことはわからない。答えがわからないというのは非常に辛いことだ。

こんなところで適当に文章を書くこととはわけが違うのだ。ふざけるな。

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいろんな不運が重なる。オレにのしかかる。

もう嫌な人生。嫌な人生だった。こんなことでストレスを爆発させる僕を許してほしい。優しく包み込んでほしい。ほらYoutubeを開けばエモくて素敵で泣きそうに成る曲が。

それだけでいいのになあ。

 

バイトと病んだ自分

 

バイト辞めすぎてバイトがゲシュタルト崩壊する。

責任感というか、義務感に追われて苦しくなってしまうんだな。これは単位にも同じことが言える。何だかんだ適当にやればいいのに、まあ結果的に適当になってしまうのだけれど、期待値が高いばかりに、適当にできずに100%の力を出し切ろうとする。そして、失敗して死にそうな気持ちになる。

バイトは去年3つはじめて3つやめた。どれも1ヶ月前後で辞めている。計4ヶ月位かな。1つは嫌になったというよりは引っ越しで不可抗力的に辞めたからまだ許されるのではないだろうか。

今は、適当にやれる仕事を見つけたので何とかやってやろうかなという感じだ。

ってか就活やん!就活もぼちぼちやらないとなあと面接受けたりしている。

 

ただ最近病みが激しい。なんだろうなこの感情を説明するのはひどく難しい。きっと他人から見ればすこし元気はないけれど普通に見えると思う。

しかしながら、僕自身の感覚としてはすこし前とまるっきり変わってしまった。頭に力が入らない。故に、やる気というのが湧いてこない。感情も抑えめになってしまう。頭がボイルされたかのように麻痺して、それを無視して身体だけ動かしているような感じだ。

これからどうなってしまうのだろうか。

とりあえず来週あたり心療内科に再び行こうかと思っている。

何だかんだこのブログを精力的に書いていたときはぬる~い時間を行きていて病む前に逃げれたけれど、段々時間は過ぎて猶予なんかはなくなってしまう。

このブログをやっていて色んなブログを読んだけど、そうしたひとはどうしているんだろうか。僕もそう思われたりするんだろうか。 

 

去年は何だかんだ頑張ったのだよな。バイトも一人暮らしもナンパも全部全部挑戦だった。全てが全て上手く行ったわけではないけど良かった。今度飲みに行くんだ。大学生になってやっとまともにすこしずつ人とかかわれるようになれた。でもやっぱ頭がどこかおかしくて、離れてしまうこともあるだろう。でも諦めないんだ。

 

 

バイト3

 

またしてもバイトを辞めた。ってか一人暮らしをやめた。理由はお金がかかるから。思った以上にお金かかるし、そのお金を他のことに使うほうが良いと思った。

幸運にも、前期は落単もなく終えることができそう。

まあ、多少いらつきながらもレポートを完成したのが良かった。

色々と人に関わることを増やしてはいるけれどぼっちなのは相変わらず。

人がいかに中学高校大学といった既存の社会コミュニティの中で人間関係を構築しているかがわかる。それでも、卑屈にはならないって決めたんだ。

 

他で一つの大きな出来事は童貞卒業したことだろうか。

人生やらないと何も起きないね。それもこれも編入試験に失敗したおかげだよ。あれから少しずつ動き出した感じがする。

 

それじゃあね。誰も見ていないけどたまには書いてみる。

 

バイト2

以前始めたといったバイト。1ヶ月してやめた。

理由としてはヒステリーなおばはんに、きつい仕事、安い時給。辞める理由がたくさんあったのでやめた今も全く後悔がない。

その後辞める少し前からバイトの面接をしてやめた次の日には新しい職場に入った。そっちは時給は高め、仕事楽め、縛りきつめと不満はあれど前よりましなので続きそうだ。

新しいことも始めて時間が経つのがはやい。もう7月だもんね。すぐに前期も終わって夏休みにはいることでしょう。少しずつ社会に出るということに意識が向いてきてとても気が重い。でもそれはひとつの可能性でもあるわけでなんとかやり遂げたいものだ。

終わり!

バイト

 

大学3年になっていまさら始めた。

まあ、大学1年の時もやっていたのだけどすぐぶっちしてしまったんだよな。

まだあんま大変じゃないけど、忙しくなりそう。

スキルを要求されるのかと思いきや、技量が必要なものはほとんど機械に任せられているので基本的に雑用のような難しい動作が殆ど必要ないのには驚いた。

単純で大変な労働。

 

 

思ったのだけど、世の中の大半の人間に時短は必要ないと思うんだよね。例えば意識高い本には移動には全てタクシーを使うなんて話が出てくるのだけど、それによって節約された時間を何に使うというのか。きっとスマホを見て余裕で潰しているだろう。

殆どの人間は大したことしてないのにどんどん時間を節約するように生活が便利に楽になっていってどんどん暇を持て余してしまう。日々に忙殺される中でそれでも時間が足りないという人にだけ時短の技術があればいいと思う。暇すぎると、怠惰がすぎてやらなければいけないことまでやらなくなってしまう。要は引っ越して通学が楽になった割に対して変化がない自分という存在にむかむかしているのだ。まあこれから・・・。

承認欲求

 

 

人間は生まれた時、無条件に承認される。

母親の腕の中で、無意識に愛されることを覚える。

物心がついて、母親に反発するころには社会は無条件に肯定される場所ではないと知る。

様々な価値観に飲まれ、苦しみ、憧れ、満たされる。

 

承認欲求はどこか否定的な言葉として広まっているように見える。

しかし、承認欲求自体はこの世で生きる上で必要な欲だ。

なぜなら社会はあなたを無条件に愛してはくれないからだ。

社会で受け入れられる形で自分を表現できない人間は誰かの庇護の元生きるしかない。

お金も周りの人間も、あなたが承認するに値する人間だからこそやってくるのだ。

人間もお金も近くにあれば安心する。

だからみんな欲にかられて励むことができるのだ。

承認欲求がなかったら、もっと辛い人生になる。食欲だけじゃ、性欲だけじゃ虚しいだけ。だからある方がマシだ。

受け入れられたい。だから頑張れるのだ。

 

 

 

ぼっち、ひとりぐらしをする…!

 

一人暮らしが始まった。

慣れ過ごした家を出ることは最初信じられず、自分でやることを決めたくせに実感が全くわかなかった。

何だかんだ、前の家には10年も住んでいたのだ。親が死んで移ったマンションだった。

住んでいた街は好きでもあり、嫌いでもあった。

都会の端で、人がうじゃうじゃいるわけでもない落ち着いた場所。

でも、自転車を走らせればすぐに色んな街へいくことが出来た。帰りには家の近くにある200円のたこ焼きを買って帰った。

近所には林みたいなところがあって、脇を通ると春には桜が満開でとてもきれいだった。

引きこもり気味だったから、そこまで都会の楽しさを理解できているわけではないけど僕はあの街が好きだった。

そう、引きこもりがちになった原因を生み出した街でもあった。

公立の中学で不登校になってから自信もなくなり、人が怖くなった。外へ出るといつ知り合いに出くわすのかビクビクした。

中学を卒業した後も、不安感は消えなかった。

人の顔を見るのを控えたのもこの頃で、今でも人を見るのが苦手だ。

未だにあの頃の鬱屈した状況を完全には抜け切れていない。

あの街は人生の中で一番長く過ごした街。色んな感情が入り混じって、よく分からない。もうあまり戻ることもないだろうけれど、あの街で過ごした嫌なことも楽しかったことも大切にしたい。

 

一人暮らしだけでなく、大学生活も始まったわけですが、相変わらずの感じで精神的に病んだりハイになったりであれですが、何とかなりそうな気がする。

フル単とってさっそく切ってみたり、勢いでバイトに応募してみたり。

この街も毎日大学のために来ている割にはまだ馴染みがない感じがするけれど、色んな感情入り交じる街として記憶に残ってくれるでしょう!