ダムダム日記

ぼっちの孤軍奮闘ブログ

僕はブログを強いられているんだ!

 

というのは嘘で書くことでいいことは今んとこそこそこあるので書いているし

書くことがしんどくなったのでやめたブログはたくさんある。

 書いてて自分の言いたいことよくわかんなくなったのでリンクを貼ることをやめた。

書くことのハードル

確かにtwitterやブログ等インターネットサーフィンをしていると

沢山の文章に触れることが出来、多くの人がアウトプットに没頭しているようにみえる。twitterなんて140文字以内とは言いつつ大体のツイートその半分の文字数もない一言だけ書いた文章なんてことも多い。

ただブログなんかだと登録したら書く場所が与えられて以前よりハードルは低くなったとはいえ継続して書き続けるとなると更新停止したブログなんて山ほどある。

僕がブログを継続できるのは1つの記事の文字数が1000に達しないくらいしか書かないからできているようなものだ。

だから文章を書かされているまで達するハードルはそこまで低くないように思える。

動画も上げていたことがあるんだけど録ることだけで大変なのにそこから編集もやるとなるとすぐやめてしまった。

だからアウトプットを強いられるというのはいくら承認されるからといって違和感があるなあああ。

 

ただtwitterに関しては分かる。

 

テレビとtwitter

テレビを何となく見ているって人はかなり多いんじゃないか。

ごはんを食べる時、特に理由もなくテレビを無意識につけてぼーっと眺めるように、twitterで呟く。

twitterは文字を書くということに140文字以下しかダメとしたから

みんな変に構えずに抵抗感なく呟くことが出来る。

そう文字通りつぶやいている。そこにゆるく繋がって承認を得ることも出来る。ブログをあんまり更新してない人がtwitterでばんばんつぶやいていたりする。

 

(なんだろう、書いていてよく分かんなくなってくるという状態になるのはいつものことだ。)

 

思うのは、昔は本というか読ませる文章というかそういったものが多かったのが今はあくまでコミュニケーションのための道具として書いたり写真をパシャパシャとっているのでは。

あくまで話題作りのために写真をとってアップロードするのであってそこに深い意味は無い。昔テレビで人気ドラマを見たら学校では朝からその話で持ちきりというような。野ブタをプロデュース。とかすごかった。

 繋がりがあるからこそやらされているという感覚を持っていてもやめられないということもあるのだろうか。

 

僕は自分からアクションを起こすことがすごい苦手で、漫画を読むことがしんどく感じたり、ゲームをクリア前に投げ出したりする。もちろん文章を書くこともしんどいときはある。今もどうまとめていいか分かんなくてしんどい。

だから勝手に頭に刺激として入る音楽やテレビを好んで取り入れている。

文章を書くというのは若干のハードルはあるわけで

何となくテレビをみて消費する時間を何とかしようと思いました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

正直ブログも惰性感がないわけではない。

でも感情を文章化するというのはなかなか自分にとって整理出来るという点でいいと思う。

アウトプットすることなんてネットがなかったら全然ないわけで、

僕は悪いことでもないとおもた。

だからもう少しブログも書く

 

 あの記事を読んで違和感を感じていて今気づいたのですが、

アウトプットに使う時間よりも何となくネットサーフィンする時間の方が膨大、無駄だという点です。ネット依存やめよう。

 

 

シュークリーム---はじめてでも失敗しない、黄金レシピ

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おしまい。