ダムダム日記

ぼっちの孤軍奮闘ブログ

孤独と人間関係

 

 

孤独とぼっち

最近孤独に関する本を読んでる。

孤独とぼっちはどうやら違うようだ。

いや、ぼっちのほうが孤独を感じやすいとは思う。

 

 

孤独の価値 (幻冬舎新書)

孤独の価値 (幻冬舎新書)

 
孤独のチカラ (新潮文庫)

孤独のチカラ (新潮文庫)

 

 

上を読んで、下を読んでいる途中。

結局、どちらも集団の中にいる人に対して、孤独もいいものだよということを書いているのではないかと思った。

下の著者も孤独の10年間を過ごしたと書いているのだけど、その期間の中で結婚していたり何なん?となったのは否定出来ない。

 

主張としては、研鑽のためには一人の時間というのは重要だということを書いていると読んだ。また、孤独というもののネガティブな面ばかりにとらわれるのはどうかという主張もしている。

 

以前テレビで猫と暮らせるシェアハウスの紹介をしていたが、その住人が今までは外で騒いできて、家に帰ると孤独を感じていたのだけど、帰ってきたら猫がいるので寂しくないし居心地がいいというようなことを言っていた。

いっぱい関係を持っている人でさえそうなるんだったら、僕はどうなんだろう。

 

僕は一応大学にごはんを食べる相手はいる。少ないので大体一人で行動するが、講義も一人で受けるのはそれなりに慣れた。思うのは深い関係ってどうやって作ればいいかわからない、というか早く家に帰りたいとか、あんま喋りたくないって気持ちが強くなってしまう。

家では人間関係が冷えきっているので(僕とその他の人の)口を開かない。

 

孤独でいるとどうなるだろう。僕の場合は不安になる。周りの人々との環境を比較してしまい辛くなる。気を紛らわすためにいろいろな手を打つ、例えばテレビ、ネット、音楽。逃避のための行動は本当に好きでやっているのかわからなくなる。ネットとか顕著に感じる。

 

孤独でいたい、面倒くさいという自分と孤独では寂しい、気を紛らわしたいと軽い情報に依存する自分と色々いて、うーん何が言いたいとかわかんないけれど。

 

書いてて思うのは、やっぱり回避性愛着障害のことだ。幼年期に親との関係の中で十分な愛着を育っていたら、もう少し孤独というものが不安なものでなくなったかもしれない。どうしようもないことが、自分を制限させているというのがたまらなく嫌だ。といってもたらればなんてゴミの価値もないのだけど。

 

孤独が研鑽につながるかは本人次第だと思う。とはいっても人間関係が上手く構築されていない状態における孤独は、つながりを求めるだろう。そこで踏ん張れる人はなかなかいない。人間が弱いのか、僕が弱いのか。知らないよ。