ダムダム日記

ぼっちの孤軍奮闘ブログ

退屈なのは生理的欲求を満たすのが簡単すぎるから



暇と退屈の倫理学という本を読んでて、感想を書きたいのだけど文章を書くのはひどく苦手で困難。
主張したいことはあってもその正当性が揺らぐことが怖い。
暇を潰すことで、退屈を紛らわしているはずがふと我に返ると暇を潰す行為自体、退屈している。〜という話は自分の経験からもかなり身近に存在している。
僕はひとりで暇を潰すことに必死で、でも虚しさは拭えない。
あー自分がどうしたいのかわからないね。
大学いると、早く帰りたくなるのに、帰っても居心地が良いとは言えず寝るまで何かをして寝て起きたら朝。家を出ることに抵抗を感じつつも講義が始まれば集中とだらけを100回くらい繰り返して帰る。

なんだかこの退屈さは簡単に満たせてしまうことが原因な気がするよ。
大昔は食欲を満たすことがまず大変で、その他にも寝る場所の確保とか色々あったのに今は人間的な欲求は簡単に満たせてしまう。
そして細かい時間の猶予さえスマホがあれば満たしてくれるようになった。


食べて寝ることの難易度が高かったら、その欲を満たすことが直接、満足感とともに社会で受け入れられていたのに。
今ではただ単に生きていても退屈さは消えない。満足感がある行為もそれが生きることに結びつかない以上どこか虚しさを感じるを得ないのだ。お金をもとに生活する必要がある社会は退屈を感じられずに要られるだろうか。社会にまだ出てない僕としてはただただ怖いものに思える。