ダムダム日記

ぼっちの孤軍奮闘ブログ

pokemongoとファイトクラブと暇のない退屈な生活

 

明日TOEICなので英語の勉強をした。今700点なので800くらいいくと嬉しい。今回初めてちゃんと対策していくのでなんか苦しい。まあなんかどうでもいい感じ。勉強もすぐに疲れるので単語のリスニングをしながらpokemongoをやった。大きな駅の近くの公園はすごい。圧巻。何となくよってみたら予想を上回る人がいた。うじゃうじゃ。いっぱいポケモン出現するので良いことだ。ドードーコラッタ的ポジションなのがうける。ドードーばっか。歩いたり電車移動しながら勉強したりpokemongoをしたりしていたら夜になって疲れたので帰ってきた。途中ファイトクラブを借りる。以前読んだ退屈の倫理学でも登場してくるので見てみたのだけどアドレナリンを感じた。ファイトクラブという仕組みが暴走して、暇を埋める暴力がエスカレートする。僕は仕組みがうまくいかなかったから勉強がだれてきた。これからどうしようかな〜。今の大学がつまらない講義をしているわけではないのだけど、僕のめんどくさい値が高すぎる。レポート書きたくない。テストのがマシ。家族にはイライラするしフラストレーションがハイ。なんかイライラして攻撃的なブクマした。

 

 

退屈の倫理学では暇でなくても退屈である場合があるという話があるのだが、実際どうなのだろう。隙を埋める行動をしている自分は退屈を感じられるだろうか。pokemongoをしている最中僕は夢中であり退屈という思考をする間もなかった。暇がないほどの行動は退屈する余地さえ無い気がする。

もしくは行動の後の何とも言えない喪失感が退屈なんだろうか。仕事のような生きるためにやラされているという感覚を持ちやすい行動も退屈なのかもしれない。

何をしたかに優劣なんて無くて今あるのは行動の結果の積み重ね、後は結果を受け入れる自分を持つことでしょう。仕事や勉強もpokemongoくらい夢中に慣れると良いね。