ダムダム日記

ぼっちの孤軍奮闘ブログ

個人合理的でたまに集団合理的

 

書くことなんて無くて、暇な時間があったから開いて書く。

 

自分の現状を嘆いて、原因を遠くに見出しても大変だ。なぜなら遠くにあればあるほど動くのは遅いから。近いのは早い。基本は分業だ。自分のやることを全うする。それ以外は後回しにしよう。

思うのだけど、自分のやりたいこと、好きなことを優先に生きる方が賢い。みんなのために生きるというのはすごい大変なことだ。自分のやることに堂々とする。みんなは適当だ、情報は握られている、よくわからない。そして自分という存在は自分さえ自在に動かすことさえままならない。弱い。自分で精一杯だけどやりたいことする。

倫理とかそういうのってずるい言葉だ。自分が悪いとされることを全くやったことなんてない人なんているのか。僕は結構ある。すごいひどいことでもこうして生きてしまってる。しかしそれでも生きていいのか、結果的に生きているので許されているのだろうか。日本は道徳が重んじられているが、それでも汚いとこが目につく。そんな汚いのにみんなのために生きなくていいじゃないか。個人はもっと自分のために声を上げて、一見だらしない人がいてもいいじゃないか。だって関係ないから。もっと自分に集中すれば関係ない。税金だって一人の金額なんて大したことない。俺達の税金を変なことに使うな。でも俺の税金は2人くらい生活保護さえまかなえない気がする。僕はもっと少ない。むしろ税金が入って相対的に「安い」学費でダラダラと大学生している。これは良い悪いことだというジャッジなんて役に立ちゃしない。貧乏な女子高生の話を抽象的に変えて、貧困という素材に使っている。リスクを負っただけ。声を上げるなんてリスク。自分のごはんを食べることを考えればいい。自分のご飯を食べるときたまたま皆のためになれば万々歳。だから邪魔しない。自分のご飯を考える。寄付することはスマホゲームの課金くらいドーパミン出るらしい。気持ちよさ一緒ならどっちのがお得だろう。そうやって気持ちよく貢献したら良かったよかったと思うくらいがちょうどいいとおもった。