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ダムダム日記

ダムのように深い、バスケットボールが弾む音

思い出に自分がいる必要はあるか

 

ふと思い返す記憶は必ずしも、自分がいるわけではない。例えば、小説を読んでそれを反芻するときその空間に僕はいない。しかし、どこか懐かしさを覚えるということは小説を読んだ体験を思い出として捉えているということだ。青春時代にらしいことをしていなかったとして、過去の記憶として劣ることはあるのか。仮想的な経験は深く自分の中に刻まれている。それはリアルな体験と過去を振り返るというぼんやりとした視点から見れば遜色ないように思える。僕にとって中学、高校時代に新刊が出るたびに購入した漫画は何ものにも変えがたい経験となった。僕には生身の経験と仮想的な経験も自分の記憶という視点から見ればどちらも同じようにしか思えない。