読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ダムダム日記

ダムのように深い、バスケットボールが弾む音

肯定しないと正気でいられない

 

割りと一人でいることが多い。いわゆるぼっち。大学で数人話す人はいるが深い関係には達して無いように思える。また、中学あたりまでは毎日のように友達と遊んでいたが、病んでからは高校までの関係性は全て切れた。自分の世代でこの状況にある人はそこまでいないのではないか。そこで、ぼっちの心理状態を考えたい。で、タイトルのことを書く。

 

楽しさは大して変わらない。幅は狭まる。

楽しさはそこまで変わらないのではないかと思う。友人と遊んでいても、つまんねえなと思うときって割りとあった。

まあ人間である以上、コミュニケーションの快っていうのは他にはない楽しさがあると思われる。また、一人では行動しづらいイベントに気軽に行けるのも大きい。

一人でいることの利点は時間がたくさんあること。自分の選択で何事も決められることか。その人の行動力に左右される部分は大きそう。僕は行動力はあまりないので、インドア的なことをたくさんしている。今のほうが楽しめているとまでは言えないけど、同じくらいは楽しい。

楽しめるのに、じゃあなんでぼっちでいることに問題があるのだろう。本当はないとして、なぜ問題があるように感じてしまうのか。

 

普通ではないことの不安

ぼっちが何故苦しいかといえば、不安、これだけだと思う。直接的な被害なんて大してない。あるにしても、これが一番大きい。

しかし、世間一般からずれた状況、まあ僕は友達がいることを普通としていたのでいないことをおかしいと考える節がある、にひどく自尊心を傷つけられる。こんなんでいいのだろうか、ぼんやりとした不安やふとした時、寂しさを感じる。ぼっち、コミュ障、社会不適合者、いつも視線が怖かった。

友達に囲まれていたときは、なんとなく大丈夫だろうといった謎の肯定感や楽観的な感情を覚えることがあった。僕が通っていたのは普通の公立の学校で、あんまり勉強しなくても特に不安を感じることなくそれなりに過ごせていた。

 

そこには、自分が今までの経験からイメージされる人間像を満たしているという安心感があったのではないか。

 そして、社会的に想定されるような人間像や、この年であれば経験していてもおかしくない事も何もかも知らない自分を無意識のうちに否定し、不安になるのではないか。

 

社会的なイメージに縛られてる人は僕に限らず、例えば友達がいる人でも、学歴や就職など、社会的評価のズレに不安感を覚える人は僕から見て少なくない。

 みんな怖いのではないか。もちろん、そんなことを気にせずやりたいことをしますっていう人もいる。でも本当に怖くないのか。

 

以前、東京で消耗するのはうんざり、高知に行こうというキャンペーンをしている人がいた。高知での充実した日々をブログにアップしているのを見た。東京は消耗する、そこに住む人を否定的な言葉で煽っていた。

またある時は、大学をやめて起業すると宣言した人がいた。レールに乗るのはうんざり。僕にはとても肯定感に溢れた人間に見えた。

ある種の世間一般の考えからは少しずれた自分の選択に自信に満ち溢れた言葉。また時に、レール的な思考を非難してみせる。

それが正しいかどうかはさえおいて、自分の選択に肯定で満たさずにはいられないのではないか。だって不安だから。さもなければ自分を保てない。

 

 自尊心はたとえそれがどんなに歪だとしても持たざるをえず、社会的常識に沿って人生を進めるのはその正しさよりも、自尊心を保つ上でより易しい生き方だからではないか。周囲の理解も得やすく、不安も抱きづらい。何より同じ道を生きる人も多く、想像もつきやすい。 

なぜか、東京は消耗すると主張した人に同調する人は同じように高知に移住することが多いように見える。それはやはり、彼らの常識の中で生きられるからだと思う。東京を出て新しく地方を開拓することよりも、より易しいから。

 

どんなに世間一般のレールを外れても、同じく外れた人と肯定しあうに違いない。不安だから。そして、より自分を高めるために、時に他者の生き方を否定するのだ。

 

そういう僕も、「ぼっち 大学生」などのワードを検索して同類を探してみたりする。同類探し、そして安心したい。まあ結果意外と、高校のときの友達はいるって人が多い。不安を掻き立てられるがそれは仕方がない。

 

僕は何を言いたいのだろう。みんな、割りと肯定しながら生きてんな、ってとこか。逆にそれができないとしんどそう。

皆それぞれが信じる生き方があって、正当化のために頑張ってる。

でも実際のとこどうよ?ってのは一回レールとか関係なく見つめるのはありだと思う。自尊心を保つことに加え、ここは資本主義社会、お金を稼いで食べていく必要がある。そして人間なので辛いと病む。自分の生き方の期待値はどんなもんだろう?

 

僕は最近どうしようかと思う。どないしよ、なんか色々めんどくさい。

世間からシャットアウト気味、浪人で周回遅れて不安になる。失敗続きで嫌気がさす。母親に脳内で謝る。でもぼっちを解消するのは少しめんどい、怖い、不安。

しかしどんなにぼっちでいても、自尊心が揺らいだとしても、「俺は俺だ!」と穴掘りシモンのように叫んでみせよう。そしてゆっくり息を吐いてもっと良くなるために行動していきたい。まずは早く寝るところからか。